ベトナムから001

ベトナム滞在しておいしい、楽しいことはフェィスブックに逐一アップしているがここで、今回最初のトラブルから。今後ベトナムに行かれる方がいるかもしれないのできちんと残しておこうとこのブログに掲載することにした。

 

この日はベトナムの正月で夜更かししたこと、時差ぼけが重なって夕方まで寝てしまったことからハイフォンからハロンまで行く日は一睡もできなかった。

どうせタクシーで行くからくるまで寝ようと思ってもいた。でタクシーで70kmほどの距離を走った。乗るときから愛想のないあんちゃんだったがハロンにつくと目的の船のいる船着き場がわからない。路上にいるのは、目的としている船とは違う観光船の客引きで他の船のことを教えてくれるのは一人もいない。めんどくさくなってタクシーからは降ろされる。目的地まで運転するのがタクシーの役目。このタクシードライバーに殺意を抱く。

そして、結局国営の観光船のインフォメーションセンターでそこから約3kmほど先にあることを聞く。小さなスーツケースを引きずって3kmを歩いた。次に会ったらさっきのドライバーを殺そうと心に誓った瞬間だ。

 

今回はちょっと贅沢してフランスの植民地時代に活躍したクルーザーを模して作ったエメロード号をチョイス。1泊260ドルで予約。乗船15分前にチェックインが始まった。

すると乗船名簿に私らの家族の名前がない。オーバーブッキングしたという。確認をつると待たされている間にiPhoneのネットで調べるとまだ空室が2つありとなっている...やや殺意を抱く。あれこれ待たされたあげく、ハノイにある本部と電話で話してくれと。

結局は部屋はあるようで乗船できるようになった。「あなたはラッキーです。本日乗船できます」きちんとした正規の予約を入れているのだから乗船できて当然!「乗船できずにいたら私はあなた方を訴えていたわけですからそっちがラッキーなんですよ」と訂正させた。

 船に乗るとウェルカムドリンクからすぐ昼食に。彼らにとっての正規の場先哲好きが始まった。で、金額が360ドルと一気に100ドル上がった。この国の平均的月給の一ヶ月分をふっかける気か?完全に殺意になったよ。予約表の260ドルを見せるとまたもやハノイの本社と連絡すると。結局予約通りになったわけだが。

船内で出会った人たち大半がフランス人だったこともあり聞くと正規料金は360ドルとからしい。人によってはフランスの代理店を通して500ドル以上で申し込んでる人もいた。

私は格安のホテルブッキングサイトで予約したのだが。

まあその後はちゃんとしたサービスで対応してくれたのでよしとする。

 

翌日1泊のクルージングは早朝に終わる。午前9時には下船だ。その日まっすぐ戻ればよかったのだがクルーザーのような大型船では回れないところを見ようと3時間ほどのボートツアーにさんか。客のほとんどが中国人の安いツアーだ。

ツアーに出ると景観を楽しみながら島に上陸などして鍾乳洞探索に出る。

またその間に食事も出る。この食事は新鮮なかになど娘が大喜びして食べていたのでよかったのだがトラブルの始まりだったのだ。

島に上陸するときに大きい鞄は船に置いていった。

まあ、そのツアー自体はそれなりに楽しめた。ところが下船するときだ。食事の代金支払いになった。ベトナムの通貨は桁が大きく不慣れだったので言われたまま支払った。

しかし考えてみるとすごい金額になっている。つまりぼったくられたのだ。そうなると船に置き去りに下鞄が心配になって中を確認すると正月に日本で買ったばかりの電気カミソリをやられた。この国の人を信じてはいけないのだ。

 帰ってから友人の家に行ってその話をすると「正月価格だから食事代は仕方ない」と言われた。カミソリの話をすると「私はiPhoneやられたからまだましだ」と。ホーチミンではいわゆるスマートフォン狩りがすごいらしく刃物で腕を切ってくるらしい。

ということで、数年ぶりのベトナム、そして友人たちもいるというので気を緩めてしまった自分たちが悪いのだが。まあ、これからの滞在でドジを踏まぬよう気をつけることにする。それを思い出させてくれた授業料と言うことで。

 

しかし、おかしいのが私が今回ベトナムに持ち込んだ緑サンジェ。これもどこかを訪問するときには駐輪場に預けるわけだ。こっちは盗まれてはいけないとひやひやするが「安心しろ。自転車なんて誰もほしがらないし、くれてもいらないよ」と。こっちが気にしてる物は盗まれず、電化製品、ブランド物をほしがるわけだと再認識。電気カミソリには警戒心が全く働いてなかった物な~こうなってくると殺意も抱かなくなってきた...

ベトナムは貧乏な国から外貨が急に入ってくることになり、あわよくば一ヶ月分の給料と同じかそれ以上の金が容易に手に入るようになってしまった。そこで元々勤勉だったベトナム人が変わってしまったのだ。

 

この最初のクルージングで朝起きるとかご舟で物乞いをする少女にであった。まだまだ貧困な国。ハイフォンのホテルの前のカフェではお正月だからと娘にお年玉を店主がくれた。家族で朝食代を払った金額以上のお金がその中にはあった。また、初詣を自転車で回って途中で道を聞いた若者が日本に研修に着ていたと日本語ができる。それもうれしかったのか結局その後は彼がガイドをやってくれた。お礼に食事をと出かけたのだが結局彼が全部支払った。もちろん散々こちらの申し出とお礼もあってごちそうすると言ったのだが聞き入れてくれなかった。北の人たちは暖かいな~という出会いから始まった。そこで好きができてしまったのだな。ということで気を引き締めの凝りの滞在を楽しむことにする。